決して枯れない様に
 少女は毎日欠かすことなく、植木鉢に水を与え、話しかけている。
 その姿は微笑ましくもあり、また哀しくもあった。


 花が大好きな少女は、見舞でもらうそれを倖せそうな顔で眺めては、枯れゆくさまに涙を流していた。
 だから僕は、少女にある花の種を与えた。
 それは決して枯れることのない花の種。
 少女は喜び、用意していた植木鉢を窓辺に置くと、種を植え、水を与えた。


 それから、1年。
 植木鉢には未だ緑が顔を出すことはなく、ただ霧吹きでかけられた水が土の上でキラキラと陽の光を反射しているだけだった。

 1度だけ、不安げな顔をした少女に、何故いつまで経っても芽が出ないのかと訊かれたことがあった。
 この花はずっと咲きつづけるために種の間に栄養をたくさん蓄えなければならないんだ、と僕は笑顔で嘘をついた。
 本当は、どれだけ水や栄養を与えても、どれだけ時間が経ったとしても、芽など出るはずはないのだけれど。

 決して枯れることのない花、は。決して咲かない、花。
 その土の中から緑が現れることすら、ない。

 何故こんなくだらない嘘を少女に与えてしまったのか、今ではそう思えたこと自体が不思議ではならないが。
 その時は、それでも構わないと思っていた。
 枯れない花の存在を信じ、夢見つづけていれば、少女が涙を流すこともないだろう、と。

 しかしある日、僕は花が既に咲いてしまっていることを知った。
 それはいつからか。種を渡した時からか、嘘の上塗りをした時からかは知れないけれど。
 1度咲いてしまったら、あとは枯れて行くだけだ。決して枯れない花など、この世には存在しない。
 だからといって、今更自分の嘘を打ち明けることは出来ない。それをすることは、花をもぎ取ることに等しい。


「あ。せんせー。おはようございます」
「おはようございます」

 小さな霧吹きを片手に微笑む少女に、僕が今、ただひたすらに祈るのは。
 真実に無理矢理摘まれることなく、飽きに枯れることなく。その時が、少女の短い命が尽きるその瞬間まで。
 少女の瞳に咲いた希望の花が、決して枯れない様に、と。
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