目撃者

 妻を殺した。
 その時に歯向かってきた猫も殺した。
 猫は妻が何処からか拾ってきたもので、片目が潰れていた。
 俺は気味悪いから捨ててこいと言ったが、妻は可哀相でしょうと言って聞かなかった。それと、どうせ貴方は殆ど家に帰ってこないんだから、とも。
 妻の言う通り。俺は日付が変わることに帰ってくることが多かった。それは妻も気付いて居ただろうが他に女が居たからだ。
 妻は面と向かって俺を責めはしなかったが遠まわしに嫌味を言うようになった。そのことに思わず声を荒げたり拳を振り上げたりすると、必ず妻の前にあの猫が立ちはだかり俺に牙を剥いた。
 こんな薄汚い猫に何が出来る。そうは思いながらも、俺は情けないことに猫に気圧され、振り上げた手を静かに下ろしていた。
 だがそれも、限界だった。
 だから妻を殺した。歯向かってきた猫も金属バッドで殴ると容易く死んだ。家の中での犯行。だがここはまだ住宅もそれほどなく、声を聞かれる虞はなかった。
 妻と猫の死体は、住民が開拓を反対しているという山林に埋めた。
 誰にも視られていない。この土地は恐らく開拓はされないだろう。後は折を見て妻の捜索願を警察に出すだけだ。
 完全犯罪だ。
 そう思っていた。
 その時は。

 なのに。
 何と言うことだ。
 俺は気付かなかったのだ。
 そこに、静かな傍観者が居たことに。

 靴や服についた土を落とし、玄関に入ろうとしたその時、俺の背後に殺気の篭った視線を感じた。
 それも、片目の。
 まさか、あの猫が生きていたとでも言うのか?
 俺は有り得ない、有り得ないと心中呟きながら振り返った。

 と。

 そこには、光を反射して輝く金色のあの猫の眼が、空から俺を黙って見つめていた。
2008.08.01
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