おじいちゃんの手

 私は、おちいちゃんの手が苦手だ。
 おじいちゃんは好きだと思う。たぶん。嫌いじゃない。
 おじいちゃんの手は、とても大きい。大きくて、しわだらけで、ゴツゴツしている。
 私がお父さんと一緒に遊びに行くと「よく来たな」と言って、おじいちゃんはその大きな手で私の頭を二回叩く。それから、ガシガシとなでる。おじいちゃんの手はとても荒っぽいから、なでられた私の頭もグラグラ動く。だから私は、玄関にいるのに、車に酔った時みたいにフラフラになってしまう。
 それでも私がおじいちゃんの家に行くのは、大好きなおばあちゃんがいるから。
 おばあちゃんの手も、おじいちゃんの手と同じようにしわだらけだ。でも、ゴツゴツしていないし、大きくもない。それに、つめたいおじいちゃんの手とは違って、とってもあったかい。おばあちゃんの手にギュッとされてると、私の手だけじゃなく、いろんなところがあったかくなっていく。
 私は、そんなおばあちゃんの手が大好きだった。
 それなのに、おばあちゃんは死んでしまった。一週間前遊びに行ったときは、笑いすぎ入れ歯が外れるくらいに元気だったのに。
 白い着物を身につけて棺桶に入っているおばあちゃんは、なんだか眠っているだけのように見えた。棺桶に手を伸ばして、おばあちゃんの手をギュッとしてみる。その手は、小さくて、かたくて。……とてもつめたかった。
 いくら強く握ってみても、私にしてくれたみたいにさすってみても、おばあちゃんの手は全然あったかくなってくれない。
 私の大好きな手は、もうどこにもないんだ。
 そう思ったとたん、とても悲しくなって、私はその日はじめて泣いた。
 泣いているのに、お父さんもお母さんも、次々にやってくる親せきの相手ばかりをしていて、まったく私を気にしてくれなかった。二人だけじゃなく、他の人たちも。誰も。
 そういえば、私が泣いたとき、真っ先にやって来て、手をギュッと握ってくれたのはおばあちゃんだったっけ。そんなことを思い出した私は、よけいに泣いた。
 そうしていつまでも泣いていると、突然、ポンポンと頭を叩かれた。優しく、二回。それから、髪をとかすみたいに丁寧に頭をなでられた。
 大きな手が、私の手をギュッと握る。
 私は前がにじんでよく見えなかったから、手を繋いだまま、服の袖でごしごしと涙をぬぐった。
 するとそこには、目を真っ赤にしたおじいちゃんがいた。
 まさかおじいちゃんだとは思わなかったから、ビックリした私は思わず手を引いてしまった。だけど、おじいちゃんは私をじっと見つめたまま、手を離してはくれなかった。
 大きくて、皺だらけで、ゴツゴツしたおじいちゃんの手。おばあちゃんの手よりもつめたいけれど、おばあちゃんがいつもしてくれたみたいに、何度も私の手をなでてくれた。
 なでられて、私の手がゆっくりとあったかくなっていく。手から広がった温もりは、私の胸の奥までもあったかくした。
 それはやがて目まで届いて、私はまた泣きだした。悲しかったわけじゃないけれど、どうしてか、わんわん泣いた。おじいちゃんはその間も、何も言わず、ずっと私の手をさすっていてくれた。
 それから一ヶ月。
 相変わらずおじいちゃんの手は荒っぽくて、頭をなでられた私はやっぱりフラフラになってしまう。だけど、おじいちゃんの手が離れると、今度は私から、おじいちゃんの手を繋ぐようになった。
 キュッと握ると、ギュッと握り返してくれる。それがちょっと痛いときもあるけれど。
 おじいちゃんの手は、あの日以来、なんだかとってもあったかくて。気が付くと私は、大きくて、皺だらけで、ゴツゴツしたおじいちゃんの手を、大好きになっていた。

2010.07.06.
inserted by FC2 system