whiteout+
「死ぬコトが始まりなら、生きることは終わりなのかなぁ」
 不図、後ろでベッドに寝そべっている彼女が言った。
「…なに?」
 オレが振り返ると、彼女はこれ、と言って自分の持っていた本を見せた。
「………」
「………」
 そのままオレが黙っていると、彼女は身をよじり自分の隣に空席をつくった。そこをポンポンと手で叩く。
「どれどれ…」
 彼女の隣。ベッドに腰をおろすと、オレはその本を手にとって開かれているページを見た。そこに書かれているのは『HAPPY BIRTHDAY』の文字。
「お前、またこんなもん読んで…」
 溜息混じりに言うと、彼女は怒ったようにオレから本を取り上げた。
「『こんなもん』とは何よ。これは、あたしのバイブルなんだから」
「…バイブルとは、随分大袈裟だな」
「いいの」
 言うと、彼女はそのままオレに背を向けた。どうやらオレは、彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
 …やれやれ。オレは溜息を吐くと、彼女の手に持っている本をもう一度手に取った。
「で?どうしたんだよ、急に」
 話の続きをしようと切り出す。すると、彼女はオレに背を向けたままで呟くように答えた。
「…これなら、さ。死ぬコトも怖くないかなって思って」
「………」
 彼女の言葉に、オレの頭の中にまさかと言う不安が頭を過ぎった。だけど、彼女がオレのコトを知っているはずは、無い。多分、きっと、これは偶然。
「…どうか、した?」
 黙ったままでいるオレの顔を彼女が心配そうに覗き込む。オレは軽く頭を振って、なんでもない、と微笑って見せた。
「そう?なら良いんだけど…」
 オレは、偶然なんだ、と自分に言い聞かせると深く溜息をついた。
「…でも、たとえ死ぬコトが始まりだったとしてもオレは怖いな」
「え?」
「死ぬコト」
 一瞬、彼女の顔が曇る。けれど、それはすぐに取り繕ったような笑顔に変わった。
「へー。あんたでも怖いって思うことあるんだ」
「…あるよ、たくさん。死ぬコトに、生きるコトに…」
「生きる、コト?何で?」
「自分が汚れていくのが判るからだよ。真っ白で生まれてきたはずなのに、いつの間にか汚れてく。まるで雪みたいに」
「…雪?」
「そう、雪。地上に降ってくる時は雪だって真っ白で綺麗だろ?だけど、地上に降り立った瞬間から汚れ始める」
「…そんな」
「排気にまみれたり、人の足に乱されたりして、な。そして、水になって死んでいくんだ」
 そう、オレは死ぬ。汚れたままで。自分で言ったコトだけど、『雪』という例えが妙にリアルで少しだけ悲しくなった。
「………」
「………」
 重苦しい空気が部屋を包む。降り出した雪はいつの間にか雨に変わったらしい。窓に打ち付ける雨音だけが響いてくる。永遠に続いていきそうな静寂。それを壊したのは彼女の言葉だった。
「…だけど、その水は海に出て天へと還っていくよ。ちゃんと浄化されて」
「………」
「それでまた、新たな雪として地上に降りてくる。生まれ変わるんだよ」
 そう言って彼女はオレに微笑いかけた。
「…お前、もしかして…」
「え?」
「…いや、なんでもない」
 思いもしなかった彼女の言葉と笑みに、オレは彼女がオレの真実を知っているのだと確信した。それと同時に、彼女の言った言葉に隠された意味を理解する。
 オレは無言で彼女に背を向けると、天井を見上げた。そのままゆっくりと瞼を閉じ、大きくと深呼吸すると彼女の方へと振り返った。
「なあ…」
「ん?」
「ありがと」
「……ん」
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