かくれんぼ - 1
 最初は可愛い出来心だった。
 復讐や報復などを考えていたわけではない。
 ただ少女はちょっとした閃きから、なんとなしに嘘を吐いてしまったのだ。

「ここの神社でかくれんぼをして、最後まで見つからなかったら願い事が叶うんだって」


【かくれんぼ】


「それ、ほんとうなの」
 いつも自分の言葉など軽くあしらうばりだった彼女たちが、その時に限って話に喰いついてきたので少女は一瞬怯んだ。けれど彼女たちのその好奇心に満ちた目を見た瞬間、ほんとだよ、と頷いてしまっていた。
「お母さんが。言ってた」
 内心ビクつきながら。けれど表情には出さずに少女は言った。感情を表に出さないことには慣れていた。いや、慣らされてしまった、という表現をしたほうが正しいのかもしれない。
「ふぅん。アンタのお母さんが。まぁただのメイシンだと思うけど」
 何故その科白を放つことに自分の頭を小突く動作が必要なのか。少女は僅かにブレた視界の中で思ったが、そんな疑問は直ぐに飲み込んだ。
「まぁ鬼なアンタのお願いは叶わないけど。どうせそんなもんないからいいよね」
「う、ん」
 再び小突かれるが、もう少女はそのことに疑問は抱かなかった。
 彼女が指差した木に駆け寄り、持たされていた彼女たちのランドセルと自分のそれを置き、目を瞑る。
「じゃあ、それなりにガンバって私たちを探してね」
「もし見つけたら、代わりにアンタが私たちの願い事を叶えるんだからね」
 訳の分からない言葉を言われ、背中を叩かれる。その際に、カサ、と紙の擦れる音がしたことで、少女は自分の背中に鬼と書かれた紙が貼られたことを知った。構わずに、数を唱え始める。
 少女は、いじめを受けていた。それは暴力的なものではなかったし、傍から見たら仲良しという風に見えたかもしれない。けれど、少女自身はそれをいじめだと受け止めていた。
 少女の両親は年老いていた。少女はそれを特に気にしていたことはなかったのだが、参観日に母が着物を着てやってきたことがあり、それを切欠に母親のことを年寄りだとバカにされるようになった。そしてその対象が少女自身になるまでそう時間はかからなかった。
 何もしていないのに、何かをすればバカにされる。
 けれど少女を虐めている加害者たちはそれを単なる話題としか思っていないため、少女がムキになってもそのリアクションを見て更に笑うだけだった。
 そのため少女は感情を表に出さないようにする術を身につけた。そうすれば、無反応な自分に彼女たちは飽きて離れてゆくと思っていた。
 けれどそれは間違いだった。少女がリアクションを返さないようになると、今度は少女を使い走りとして扱うようになった。けれど、少女はそのことに不満な態度は見せなかった。そこで感情を露にすれば、またバカにされる日々が続くと思ったのだ。
 バカにされるくらいなら、使われるほうがマシだ、と。
 そうして、現在。
 少女は有無も言わさず大して面白くもないかくれんぼという遊びの、鬼という役をさせられている。
「いーち、にぃ、さーん」
 ひんやりとした木の幹に腕を当て、そこに寄りかかるようにして目を塞ぐ。頭上で泣き叫んでいる蝉の声にかき消されないよう、少女は声を張り上げて数を唱えはじめた。

「もーいーかい」
 十以上の数を唱え、少女は叫んだ。
 耳を澄ます。
 返事がない。
 振り返ると、蝉の声すら聞こえなくて。まるで少女独りを残して総てが消え去ってしまったかのように、辺りは深と静まり返っていた。
「もーいーかい」
 もう一度叫んでみる。
 何処かから小さく、もういいよ、と篭った声が聞こえ、そのことに少女は安堵とも失望とも分からない溜息を吐いた。
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