残されてく者 - 2
 彼は、彼女が息を引き取った瞬間から今まで。涙を流すことは無かった。彼女が炎の渦に飲み込まれた今も、流していない。
 危篤という報せに取り乱していた姿がまるで夢幻の類であったかのように、彼は彼女の死後の手続きを坦々とやってのけた。
 哀しみにくれているわけでもなく、感情を押し殺しているわけでもないその姿に、病室での彼を知らない者たちの間では、非情とすら囁かれた。
「泣かないんだな」
 閉ざされた鉄の扉を見つめたままの彼の隣に並ぶ。彼は俺を見て、まあな、とだけ呟くと、また直ぐに視線を戻した。俺も、その扉をじと見つめる。
「あいつ、死ぬ直前、目開いただろ」
「ああ」
「間に合ったらしくてな。覗き込んだとき、目が合ったんだ。一瞬だけどな。オレには分かった」
 人々は待合室へと移り、業者も居なくなって。いつの間にか、残っているのは俺たちだけになっていた。
「その時」
 呟いた彼の声が、やけに響く。
「目が合った時、あいつがオレの中に入ってくるのを感じたんだ。確かにあいつは死んだけど。想い出として、オレの中で永遠に生き続ける。なんて、ベタな話だけど。だからオレは泣かない、泣くのは許されないんだよ」
 自分の胸を、立てた中指で二、三度軽く突きながら言うと、彼は苦笑してみせた。溜息を吐き、その反動を利用して大きく吸い込む。
「行くか」
 張り上げたような声で言うと、胸を突いていた手で俺の肩を叩いた。けれど、俺は。
「悪い。先、行っててくれ」
「分かった」
 苦笑しながら呟く俺に、彼は暫く沈黙した後、戸惑いながらも頷いた。
 その表情に、もしかしたら気付かれてしまったのかも知れないと少し慌てたが、別に構わないだろうと思い直した。
 彼女はもう、地上(ここ)にはいないのだから。

「俺の気持ちは、考えてくれないのな」
 火葬場を出、昇り行く彼女に呟く。
 煙突から視界を昇らせ、青に融けて逝くその様をしっかりと目に焼き付けると、彼女に背を向け、待合室へと向かった。
 何度も、彼女は死んだのだと言い聞かせ、もう二度とこの想いが目覚めることの無いようにと祈りながら。
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