かくれんぼ - 2 |
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それから一時間。少女は再び賑わい始めた木に寄りかかったまま、ぼんやりと空を眺めていた。 いつもなら少女が彼女たちを見つけられないでいると、ものの数分で、やーめた、と誰か一人が呆れた声を上げながら現れるのだが。今日に限って、それだけの時間が経っても、誰一人かくれんぼを止めようとはしなかった。 これも自分の嘘を彼女たちが信じているからなのだろうか。 だとしたら、彼女たちがそうまでして叶えたい願い事とは一体何なのだろう。 微かに朱を帯びてきた空に向かい、考える。 きっと歌手になりたいだとか、誰彼と両想いになりたいだとか、そんなようなものなのかもしれない。 自分に対していつも威張り散らしている彼女たちが、そんな幼稚な願い事を胸に息を潜めているのかと思うと、少女は堪らなく可笑しかった。 ただ願っていたって、叶うはずないのに。そんなことで願い事が叶うのなら、私はとっくにこんな状態から抜け出してる。 そんなに願い事を叶えたいのなら、好きなだけ願ってればいいんだ。 ぐるぐると思考を巡らせているうちに、少女の結論は可愛いなどでは済まされない方向へと辿り着いていた。 ジャ、と砂利に少し足を擦るようにして歩き出す。 「いないのー。ねぇ、でてきてよー」 わざと困った風な声を出し、探すフリをする。 彼女たちの性格から、自分以外の子たちの姿を、僅かながらでも確認できる位置に隠れているはずだろうと少女は踏んでいた。恐らく、全員が近い位置に隠れているだろう、と。 耳を澄ませながら、あたりをうろつく。 そうして聞こえてきた不安げな話し声に、少女は足を止めた。 本殿(こ)の中だ。 「ねぇ、この中なの」 突然開けて彼女たちを見つけることのないよう一声かけ、深としたのを確認してから少しだけ扉を開けた。 薄暗いそこに、長細く朱い光が差し込む。 「おかしいな。声がしたように思ったんだけど」 それ以上は開けず、当然中にも入らず。少女は力なく呟くと、扉をしっかりと閉めた。 視界の中央に映る、錆びた外鍵。 アンタは鬼だからね。 かくれんぼをしようと誰かが言ったとき、間髪入れずに彼女は少女を指差してそういった。 アンタハオニ。 「わたしは、おに」 彼女の言葉を噛み締めるように呟く。 そう、私は鬼。だから彼女たちがどれだけ祈ろうと関係ない。どうせ幾ら祈ったとしても、私の願い事は叶わない。その言葉が迷信であろうと、なかろうと。 だから。願い事は自分で叶える。 「私は鬼だから」 二度目は言い訳のように。少女は呟くと、静かに外鍵を閉めた。足音を殺してその場から遠ざかり、木の根元に置き去りにしておいたランドセルに腕を通す。その時、背中に張られた紙が再び音を立てたが、少女はそれを剥がそうとはしなかった。 そうして少女は、同じようにして置かれていた彼女たちのランドセルを本殿の下、奥の方へと押し込むと、鳥居をくぐり帰路を辿り始めた。 朱を通り過ぎ、青紫に染まる空。自分の身長よりも遥かに長く伸びていた影は、闇に紛れて薄っすらとしか認識が出来ない。 お腹、空いたなぁ。ぼんやりと思う。 あの人たちは、一体いつまで祈り続けるつもりなのだろう。空腹は感じないのだろうか。まぁ、例え感じたとしても祈り続けるしか術は残されていないのだけれど。 もしかしたら、今頃泣きながら別の願い事をしているかもしれないな。 必死で扉を叩きながら出してくれと叫んでいる彼女たちの姿を思い浮かべては、少女は声を出さず笑った。それは酷くぎこちなかったが、少女にとって久しぶりの心からの笑みだった。 独りじゃないだけ、良かったと思わなきゃ。 私は鬼だけど。優しい鬼だから。皆一緒に消してあげる。 「私は鬼。やっさしい鬼」 軽快な足取り。出鱈目なメロディに乗せて何度も、私は鬼、と繰り返す。 すれ違う街頭に照らし出される少女の影。その頭には尖った二本の角が――。 |
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