失われた物語 〜His Voyage〜 2

 そうして彼は、ヒト一人乗るには、いや、二人乗るにも充分すぎるほどの大きさの舟を造り始めた。
 昼は働いて、夜は付き合いで飲み歩いて。だから真夜中だとか早朝だとか、自分の寝る時間を削って舟を造っていた。
 まるで何かに取り憑かれでもしたみたいに、一心に。
 確かに私も幼い頃、彼の話を聞いた時は凄いと思っていた。連れて行って欲しいと思った。でも年を重ねるに連れて、それは無謀なことなのだと知った。
 だから何度も彼に抗議した。舟が完成に近づくにつれて、まるで舟に生気でも吸い取られているかのようにやせ細ってゆく彼に。
 それでも彼は取り合ってくれなかった。
 お前も行ってみたいって言ってただろ? 約束は守るよ。そしてオレたちが大陸にから魔法を持って帰ってくるんだ。そしたらきっと、今度はお前だけじゃなく島のみんなを大陸に連れて行ける舟を作れる。生活だってもっと便利になるんだ。
 弱った体に不釣合いなほど強く輝く瞳。その目だけは子供の頃と変わらなくて。
 だから、その目で言われると。彼なら大丈夫なような気がして。せめて、と私はいつも、彼に食事を運ぶとそのまま床につくのだった。


 出来たぞ!
 早朝、彼の大声に起こされたかと思うと、そのまま腕を引かれた。
 すごい。
 思わず溜息をついてしまうほどの立派な舟がそこにはあった。
 あとは食料だとか水だとかを詰め込んで出発するだけだ。明日には行ける。今夜は宴だ。みんなにも知らせとけよ。
 息を弾ませて彼が言う。今にも倒れそうなほどにやつれた体で。だから出発は本当はもう少し先にして欲しかったのだけれど。やっぱりその目の輝きにはやっぱり勝てなくて。
 私は頷くと、彼に宴までゆっくり体を休めるように頼んだ。食料の準備は私がしておくから、と。


 そして、夜。
 宴の準備も終わり、いよいよ主役の登場だと彼を呼びに行ったところ。
 彼はもう、別の航海へと旅立っていた。
 もうとっくに肉体は限界を超えていたのだろう。それが緊張が解けたことにより一気に。
 けれど眠ったように死んでいるその顔は、達成感に満ちたもので。きっと大陸の夢でも見ていたのだろうと思った。
 そこには彼の父も、その父も居て。ただ、私だけが居なくて……。


 立派な舟に花と彼を乗せ、小さな穴を開けて海へと葬る。
 あの夜、宴はそのまま彼を偲ぶものへとなった。
 彼の造った立派な舟。それに乗って、私は彼の代わりに大陸へ行こうと思っていた。彼の夢を、彼との約束を、果たすために。
 だけどそれは、彼の唯一の肉親である母親に止められた。理由は、自分でも分かっている。
 だから。こんな立派な舟を沈ませてしまうことは惜しいけれど。私は彼を水葬することにした。
 みんなで彼の乗った舟を海へ押し出す。
 そのまま舟はこの大海原をゆらゆらと漂うだろう。そして、彼はその何処かで舟と一緒に海の底へ沈み、海へと還る。
 波に乗って彼はきっと私の元へと来るだろうし、もしかしたら大陸にだって行けるかもしれない。
 ただ、大陸に一歩を踏み出せないことは酷く不満だろうけれど。

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